【対談】成田童夢×坂田武士|健康と夢を追い続けるということ

~「声優になりたくてオリンピックに出た男」成田童夢が、40歳から本気で健康と向き合う理由~

トリノ五輪スノーボード日本代表、世界一を3度獲得した成田童夢さん。体育の成績は「1」だった運動音痴の少年が、なぜオリンピック選手になり、声優・ラッパー・漫画原作者と多彩なキャリアを歩んできたのか。

そして今、7大陸最高峰制覇という新たな挑戦に向けて「健康」と真剣に向き合い始めた理由とは——。

予防医学の専門家・坂田武士氏との対談で、その人生哲学が明らかになる。

スキップもできなかった少年が、オリンピック選手になるまで

坂田: まず、成田さんがハーフパイプ、スノーボードをやることになった経緯から教えてください。

成田: 1985年9月22日生まれで現在40歳です。実は私、小学校・中学校合わせて、体育の成績は1しか取ったことないんですよ。

坂田: え、本当ですか?

成田: 運動神経めちゃくちゃ悪かったんです。スキップができなかった。ラジオ体操も全然できなくて。ドッジボールも一度ボールを持ったら狙われるから、もう持たないようにしていました(笑)。

スノーボードを始める前は、5歳の頃からスキーをやっていて、モーグルスキーでジュニアチャンピオンまでなりました。8歳のときに、カナダのウィスラーで家族旅行中にスノーボードのワールドカップを見たんです。「あれは何だ?板一枚だし、みんなくるくる回っている」と。

その日の夕方、村に降りたら、ショップの店頭に小さなスノーボードが飾られていたんですよ。普段、父親におねだりもしないような家庭環境だったんですが、生まれて後にも先にも、その1回だけ「欲しい」って言ったんです。

坂田: それで買ってもらえたんですね。

成田: はい。日本に帰ったら、スノーボードができる場所がそもそも少なくて。父親が探してくれて、そこで1週間ぐらいやっていたら、急に「大会に出てみるか」と言い出したんです。「いや、やって1週間でやっと滑れるようになったのに、1週間で大会に出るの?」って(笑)。

結果は散々な結果でしたけど、そしたらバートンという世界的メーカーから連絡がありまして、「こんなに小さい子がスノーボードやっているのを初めて見ました。ぜひサポートさせてください」と。そこからスノーボードにのめり込みました。

19歳のときにワールドカップで優勝して世界一になって、ナショナルチームに入って、オリンピックへと。もちろんそこに行くまで、いろんな怪我を乗り越えてきました。怪我は毎年していたんですよ。折ったことがないところを数える方が少ないんじゃないかというぐらいで、首の骨と背骨ぐらいじゃないですかね。もうそれぐらい過酷なスポーツでした。

「オリンピックに出たら、好きなことやっていい」

坂田: でも、スノーボードに人生を捧げる気持ちはなかった?

成田: そうなんです。15歳ぐらいのときに、父親に進路をどうするのかと聞かれて、初めて「自分は実は声優という職業になりたいんだ」と話したんです。

そしたら父は「スノーボードをこれからやり続けて学業を諦めるか、もしくはスノーボードを諦めて学業に専念するか」という2択を出してきた。でも私は3つ目の道を提案したんです。

坂田: 3つ目の道?

成田: 声優になりたいと。そしたら「だったらオリンピックに出ろ。オリンピックに出たら好きなことやっていい」と言われたので、「わかりました、スノーボードでオリンピックを目指します」と。

なので、スノーボードは好きなんですけど、人生をかけるほどではないというのをずっと持っていたんですよね。

坂田: それでオリンピック後はどうされたんですか?

成田: オリンピックに出るまで、スノーボードのことしか考えていなかったので、スノーボード以外に道がないとしか思えなかったんです。でも気持ちが追いついていなくて。「また次のオリンピックに出るのか」と考えると、なんか違うなと。

そんなとき、弟が久々にスノーボードを履くというので一緒に滑りに行ったんです。「ちょっと今からすごいのやるから見ててよ」って言って。そしたら、当時オリンピックでたった1人しかできなかった技を、1回で決めちゃったんですよ、目の前で。

坂田: 心が折れますよね……。

成田: そうなんです(笑)。そこから「もう自分の時代じゃないな」と思って、24歳で引退を決意しました。

アイドル、声優、ラッパー、漫画原作者……多彩なキャリアの原動力

坂田: そこからアイドルプロデュースを始められたんですよね?

成田: はい。引退記者会見で、既に立ち上げた6人組のアイドルグループを連れてきて、「この子たちをプロデュースします」と発表しました。「どうせやるんだったら武道館に立とうよ」と思っていたんですが、半年ぐらいでポシャってしまって。

その子たちの1人が「声優になりたい」と言っていて、グループが崩壊したときに「そういえば自分も声優になりたいと思ってオリンピックに出たんだったな」と思い出したんです。ある意味、4年間自分の中でブランクがあったんですよね、この夢を追いかけるということに。

そこからタレントになろうと。せっかくだからインパクトがある方がいいと思って、「アウト×デラックス」に出させていただいたんです。「オリンピックを踏み台にした男」って紹介されて(笑)。「実は声優になるためのオリンピックなんです」という話をして。

そのおかげで声優として『ワンピース』にも出させていただきました。初回で頂点はこれでしょ、と。それをやっちゃったから「もういいや、じゃあ次何やろうか」という感じで、やりたいことがボンボン出てきたんですね。

坂田: 音楽も漫画も?

成田: はい。音楽が大好きで、ラップをやりたいと言っていたら曲を書いてもらって、iTunesで「Life is beautiful」という曲を出しています。漫画も「めちゃコミ」で「スノーボード童夢が異世界転生した」という作品を原案と監修で書いています。

それを片っ端から全部こなしていこうと思っていたんですが……体がいくつあっても足りないなと感じたんですよ。

30代で感じた、見えない疲労の蓄積

坂田: そこで健康を意識し始めたんですね。

成田: そうなんです。常に考えて常に動いてということをやっていたら、もちろん体に不調が出てきます。でも頑張ろうとやっているときは、あまり感じないんですよ。ただやみくもにやっているので。でもふっと気を抜いた瞬間にドッと疲れがたまって、ということを感じ始めたんですね。30代に入ってからです。

20代の頃は思ったらすぐ行動して、ダメでもこっちをやろうとすぐ動いていた。でも30代になってから、結婚して家庭を持って、やりたいことが20代の頃よりもどんどん増えていったんです。守らないといけないものももちろん増えていました。

そうなったときに、「もうこれからは自分1人の体じゃないな。でも20代の頃以上に健康な体でないと全てこなすことはできない」と感じたんです。

坂田: 具体的にはどんなことがありましたか?

成田: コロナの時期に、家族でキャンピングカーで日本一周をして、全国のスキー場を回る活動をしていたんです。ずっと運転していて、休憩を取っているつもりだったんですが、1回事故ってしまったんですよね。不注意で。

これは、自分の中では把握していない疲労がたまっていたんじゃないかなと感じたんです。

坂田: まさに不定愁訴的な状態ですね。自覚していない体の不調が積み重なっていた。

成田: そうなんです。やりたいことは常にあるんですけれども、そこに行くまでの時間が、20代の頃に比べて、すぐに手をつけることができなくなったなと。この脱力感というか。

普段の仕事で、いつもだったら1時間で終わるところが2時間かかってしまう。これはまず体調が衰えているということを自覚しないといけないと思ったんです。

世界初への挑戦——そのために必要な「健康」

坂田: 今、新しいチャレンジもされているそうですね。

成田: はい。スノーボードで2回、ウェイクボードで1回、世界一は取っているんですが、世界初ってないなと思ったんですよ。

じゃあこれからは世界初ということをやっていきたいなと。それは何なのかというと、7大陸最高峰の山を自分の足で登って滑るということ。プラス北極点・南極点という極点も含めて、計11ヶ所。これらを登頂して滑走するということをやった人って、未だかつていないんですね。

キリマンジャロのように滑走できない場所もあるんですが、そこは滑空、パラグライダーで。今パラグライダーの練習もしています。

坂田: それを考えた場合、健康は不可欠ですね。

成田: そうなんです。そのときに、坂田さんとお会いする機会がありまして、51歳でこの若々しさで、いろんなことをやって、挑戦的なことをされているのを見たときに、自分もやっぱりこうでありたいなと。

自分の10年後が、ある意味坂田さんよりも、もっと活動的に動いていないといけないと思っているんですよ。そうなった場合、せめて体の中は、坂田さんと同じにしないといけない。

坂田: ありがとうございます(笑)。

成田: 実際にもう結果を出されているわけですから、その結果を出されている方に直接教えていただいたら、一番早いじゃないですか。

血液・唾液・尿検査から始まる、本当の予防医学

坂田: 成田さんは普段の食生活はどうされていますか?

成田: 私は動くので、比較的肉をたくさん食べるんですよ。魚じゃ食べた気にならないみたいなものがあって、肉ばっかり食べているんですけど、それだけじゃダメだよねって。

「青魚を食べて」と言われても青魚は苦手なんです。そこはサプリという感じで。確かにサプリは万能ではないですけど、補助食品という立ち位置だと思うので、しっかりとご飯を食べた上で、補助というところで栄養価を高めていく。

坂田: そうですね。ただ、何が足りていないかを正確に把握することが大切です。

成田: 坂田さんのところでびっくりしたのは、血液、唾液、そして尿検査を全部行ってから、自分に合ったサプリを提案していただけるということでした。これを聞いたときに、「いや、ここしかないな」と思ったんですよ。

だいたいサプリって、自分が足りてないと思うところを補うじゃないですか。でも自分が足りていると思っていても、実は足りていないということがほとんどなんですよね。

坂田: その通りです。思い込みで補っていることが多い。

成田: 私の場合、検査の結果、亜鉛とマグネシウムと鉄が足りてないと出て、「そうなの?」って。わからなかったですよね。

血液検査って普通、「これは正常値です」「これはまずいので気をつけてください」しかやらないけれど、それを踏まえた上で、自分に合ったサプリメントを提供していくというのは、やっぱりそこに感銘を受けました。

「物は手に入るけど、物語は自分しか持てない」

坂田: これから成田さんは、どういうことを成し遂げていきたいですか?

成田: まず7大陸最高峰のチャレンジは、ある意味それも一つの指標になると思うんですよね。20代、30代でやっていたら当たり前かもしれないけれど、「40から始めました」というのも、ある意味勇気を与えられるような人が増えるんじゃないかなと。

正直、このプロジェクトをやろうと思う前までは、登山を一度も行ったことなかったんですよ。クライミングもパラグライダーもないという状態から、もうゼロからのスタートです。

一応1年に1回という感じで考えているので、ちょうど51歳ぐらいのときに終わりたいなと思っています。

坂田: 素晴らしい目標ですね。

成田: その姿を見て、自分も頑張らないとなって思うような方が1人でも多くなってくれればいいのかなと。そのためには健康は欠かせないと。

健康が大事って、口ではいくらでも簡単に言えると思うんですけど、じゃあ何が大事なのかまで把握できていない方って多いんじゃないかなと思うんですよね。

今、新しいものがどんどん増えていて、そこに頭が追いついていかない。AIもそうですけれども。追いついていかないんじゃなくて、これ20代だったら追いつけますよね、と。その頃の頭に切り替えていかないといけない。

要するに柔軟な考えでいろんな物事に接することが必要であると。そのためには健康でないと、そのときの気持ちだったりとか思考能力だったりとか、そういったものを取り戻していくのが必要なんじゃないかなと思うんですよ。

坂田: 昨日、ロンジェビティ・スキルという概念が全米で流行っているという話を見ました。成田さんにぴったりな話です。

成田: ただ長生きすればいいじゃないということですね。

坂田: そうです。いかに元気に健康寿命を増やせるか。

成田: ピンピンしていなければ何事も挑戦ができないと思うんですよ。年齢を重ねれば重ねるほど、朝起きるのもつらいだったりだとか、「あと5分寝かせてくれ」だとか。そういった頻度って増えてくると思うんです。

これから「童夢ドリームアカデミー」という、小学生から社会人までの競技者を対象に、オリンピック日本代表選手になるための力をオンライン×オフラインで育てるスクールを行います。

技術だけでは伸びない時代だからこそ、

「考える力」

「感じる力」

「行動する力」を整え、

世界で戦える“アスリート脳”を育成していきます。

競技や年齢は問いません。本気で強くなりたい人が、正しい方向に努力できる環境。

そこから未来の日本代表を生みだします。

坂田: 素晴らしいコンセプトですね。

成田: 今年2月に「夢で飯を食う」という本も出しました。この中にも書いているんですけど、お金という概念をなくそうと思っているんです。

お金って「もの」じゃないですか。「もの」って頑張ればなんとでもなるんですよ。でも「物語」って自分しか持てないですよね。それが夢だと思うんですよ。

じゃあこの物語を作っていくためにも、何か病弱な人が何か頑張っているよりかは、健康な人がいろんなものを頑張っているんだという、どっちの物語を見たいですか、と。

坂田: 「物は手に入るけど、物語は自分しか持てない」——素晴らしい言葉ですね。

成田: そのためには健康は必要不可欠です。

坂田: 夢と健康、本当に相性がいいですね。

成田: はい。子供の頃の少年のときのワクワクであったりとか、冒険心とか、そういったものを大人になって持ち続けましょうと。そこに向かって夢というものを追いかけるんだということを提唱していきたい。そういうふうに思っています。

【編集後記】

取材を通して感じたのは、成田さんの人生における「健康」の位置づけの変化だ。20代までは無意識に消費していた健康という資本。30代で感じ始めた「見えない疲労」。そして40代、新たな挑戦に向けて、健康と真剣に向き合い始めた今。

「自分の中では把握していない疲労」「いつもなら1時間で終わるのに2時間かかる」——これらは典型的な不定愁訴のサインだ。多くの人が気づかないうちに蓄積させている体の不調を、成田さんは自らの経験から言語化してくれた。

予防医学とは、病気になってから治すのではなく、病気にならない体を作ること。そして不定愁訴に気づき、適切に対処すること。血液・唾液・尿検査から始まる、一人ひとりに合わせた健康管理こそが、夢を追い続けるための土台となる。

「物は手に入るけど、物語は自分しか持てない」

その物語を紡ぎ続けるために、健康は欠かせない。成田さんの次なる挑戦、7大陸最高峰制覇を、私たちは応援し続けたい。

YAHOO! NEWS掲載記事リンク
成田童夢、アスリート育成アカデミー開校発表「日本のスポーツ教育に新しい風を起こしたい」

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