「負けたら、もっと面白くなった」元レスリング銀メダリスト・太田忍が語る、挫折からの再起動

小学1年生から始めたレスリングで銀メダルを獲得し、頂点まであと一歩のところで立ち止まった男がいる。自律神経失調症、2年間の苦悩、そして総合格闘技での敗北。それでも太田忍は笑う。「負けて、俺より強い奴がいっぱいいるって分かって、面白いなって思ったんです」。予防医学の専門家・坂田氏との対談で明かされた、アスリートの素顔とは。

腕の骨が折れた瞬間、「面白い」と思った

2020年大晦日、RIZINのリング。総合格闘技デビュー戦で太田忍は腕の骨を折られた。相手は42歳のレジェンド、所英男。完敗だった。

「ボコボコにされたんです。でも負けた瞬間、『あー、面白いな』って思ったんですよね。俺より強い奴がいっぱいいるじゃんって」

リオ五輪銀メダリストが、なぜ負けて「面白い」と思えたのか。その答えを探るには、彼の原点まで遡る必要がある。

騙されて始まったレスリング人生

父に騙された少年が、全国チャンピオンになるまで

「父親に騙されて始めたんですよ」

太田は苦笑いを浮かべる。小学1年生のある日、父親が「遊びに行くぞ」と言って連れて行かれた先は、ちびっこレスリング教室だった。

「父親の母校だったんですよね。当時、僕は相撲を小学校入る前からやってたんで、いきなり全国2番の子を頭突きみたいな感じで倒しちゃったら、『センスあるよ』とおだてられて」

父親は高校までレスリングをやっていたが、首の骨を折って引退。一歩間違えれば脊髄損傷になるような大怪我だった。

「だから夢を押し付けられたんですね」

1日5時間、泣きながらの練習

始めて1週間で東北チャンピオン。最初は嬉しかった。しかし、そこから地獄のような日々が始まる。

「1日5時間ぐらいの練習が始まったんです。当時、多分僕より練習してる人間はいなかったと思います」

家の玄関にマットを敷いて、姉と一緒に練習。基本のタックル3時間、スパーリング2時間。

「毎日泣いてやってましたけど」

それでも続けた。小学2年で全国優勝。3年生の時は負けたが、4、5、6年で4連覇を達成した。

「嫌いなことをやるのが好きなんです。苦手なことの克服が僕の練習になるので」

この哲学は、後の人生を大きく左右することになる。

「ふわっと」決まったオリンピック、そして挫折

高校から大学、そして社会人へ

高校は山口県へ。強化選手になるためだった。高校2年でグレコローマンを始め、いきなり全国優勝。日体大では「やらされてた練習」を続けた。

「僕、基本的に他責思考なんです。やれって言われたことをやって、上手くいかなかったらその人のせいにしようと思ってるんで」

しかし、この考え方が功を奏した。

「多分周りの人に恵まれてただけなんですけど」

「こんなに簡単に決まるんだ」

2016年リオ五輪。出場が決まったのは、意外にもあっけなかった。

「オリンピックって4年間努力して目指すものだと思ってたんですけど、『あ、出れちゃった』って感じでした」

2015年の世界選手権に出られず、本来なら道は閉ざされていた。しかし、出場した選手が敗退し、選考会がリセット。12月の天皇杯で初の日本一となり、アジア予選を経て出場権を獲得した。

「23歳で、キャリア的にも大学入ってから5年目。実力もそんなになかったし」

銀メダル、そして自律神経失調症

それでも金メダルを目指した。人生で一番練習を積んだ。しかし、結果は銀メダル。

「こんだけやっても銀しか取れなかった」

帰国後、異変が起きた。

「自律神経失調症になっちゃったんです。練習場に行ったら体調が悪くなっちゃって。それが2年ぐらい続きました」

練習場に行くと体調が悪くなる日々

「金メダル取れなくて悔しかったというより、いろんな人の気持ちを裏切っちゃった気分になったんです。自分というよりは、周りの人を悲しませたという感じで」

契約している以上、試合には出なければならない。日本大会では決勝まで行くが勝てない。そんな日々が2年続いた。

2018年、ようやく症状が落ち着き、2019年には世界チャンピオンに。しかし、東京五輪の代表は別の選手に決まっていた。

「もうしっかり慣れたし、まぁいっか」

2019年末、引退を決意する。

総合格闘技という新世界

42歳のレジェンドにボコボコにされて見つけた希望

「やることないなと思って」

引退後、RIZINの榊原社長から直接オファーが来た。高田延彦さんのイベントでボランティアをしていた時のことだ。

「2020年の大晦日、東京オリンピックがある予定だった年に、一番自分が輝けるものをここで消化しようかなと」

本当は1試合でやめるつもりだった。2年半契約だったが、心の中では1試合で十分だと思っていた。

しかし、初戦で所英男に完敗。腕の骨を折られた。

「負けちゃったら、やりきれなくなっちゃって。負けず嫌いが出ちゃいました」

人を殴ることへの覚悟

総合格闘技を始めて、最初に必要だったのは技術ではなく覚悟だった。

「20年間レスリングで『人を殴っちゃいけない』って言われて育ってきたんで」

MMAでは、殴られる、蹴られる、折られる、締められる。自分が無事に帰ってこれない可能性もある。

「それだけじゃなくて、相手を殺してしまうリスクもあるんです。殴ったことによって、締めたことによって、相手が戻ってこない可能性もある」

試合前、太田は必ずこの覚悟をする。

「試合が始まったら、敬意を込めて本気で相手に行きます」

レスリングとは違う、練習できない競技

「MMA(総合格闘技)って試合と同じような条件の練習が絶対できないんです」

ガチのスパーリング練習は週に1、2回が限界。脳は消耗品。グローブも違うし、相手を怪我させるわけにはいかない。

「レスリングは100%試合と同じ練習ができる。でもMMAはできない。未だにそこで戸惑っています」

プランを立てても、試合ではその3割も出ない。相手のタイプによって戦術も変わる。

「最終的には本能で戦ってる。気持ちがないとダメです」

アスリートの日常とメンタル管理

サプリメントとの出会い

転機は意外なところから訪れた。アスリート交流会で出会った予防医学の専門家・坂田氏。

「すんごい詳しい人がいると思って」

太田も栄養の知識はあった。しかし、減量期間中は栄養バランスが崩れがちだ。

「タンパク質と糖質しか目がいかなくなっちゃう。ビタミン、ミネラルの重要性がなかなか分からないんです」

サプリメントを飲み始めてから、体調が明らかに変わった。

「体の状態がいいし、なんか気分がいいです。やる気も上がります」

「今はマルチビタミンですけど、これからですね。腸内環境を徐々に」

ポーカーで培う勝負勘と集中力

意外な趣味がポーカーだ。もう7年続けている。

「遠征先で練習時間以外暇なんです。朝10時と午後4時の練習以外、6時から翌朝10時まで暇。カジノに行って覚えました」

一般的には運8割と思われがちだが、実際は違う。

「運3割、実力7割です。確率論だし、チップでの圧力、心理戦もあります」

相手の仕草、心拍数の上がり具合を見て、嘘を見抜く。この観察力は格闘技にも活きる。

「メンタルが強くなりますし、勝負勘はつきます」

日本のポーカー市場は急成長中。3、4年前の4、5億円から、今は400億、500億円規模に。

「この前のJOPT(ジャパンオープンポーカーツアーズ)の賞金総額は7億円でした」

ブレイキングダウンと格闘技の裾野

太田は、ブレイキングダウンについても肯定的だ。

「エンタメとして格闘技の裾野を広げる上で、すごい力を持っている。好きな人が見ればいいし、そこから上の層に上がってきてくれればいい」

朝倉未来の功績も認める。

「YouTubeで格闘技ファンを増やした。業界にすごい功績を残してくれました」

エピローグ:人生はオールイン

今後の試合スケジュール

2025年の太田は忙しい。7月末、9月末、そして大晦日。

「大晦日の東京ドームは夢の舞台ですから」

チャンピオンベルトがかかる可能性もある。

後輩たちへ、そして自分へ

レスリング界の経済状況も変わってきた。

「今のパリ五輪の金メダリストとかは、僕の時よりゼロが1個違います」

太田自身、現役時代は契約更新のたびに会社と大喧嘩していた。

「『こんなんじゃ誰もやんない』って言ったら、僕が辞めた次の年から変わったみたいで」

自分は恩恵を受けなかったが、後輩たちの道は開けた。

「負けず嫌い」が原動力

「格闘技も全部オールインですよ」

太田は笑う。

「『人生オールイン』っていいタイトルかもしれませんね」

騙されて始めたレスリング。挫折した五輪。新天地での敗北。すべてが今の太田忍を作っている。

「僕は運が良かったタイプです。本当に」

しかし、それは単なる運ではない。嫌いなことを好み、苦手を克服し、負けても立ち上がる。その負けず嫌いこそが、太田忍の原動力だ。

「今は格闘技の練習、比較的好きなんですよ。自分で考えてできるから」

レスリングとは違う。答えのない世界。それでも、いや、だからこそ面白い。

そして今、栄養という新たな武器を手に入れた。

坂田氏との出会いが、太田に新たな可能性を見せた。身体の声を聞き、適切な栄養を摂る。シンプルだが、これまで見過ごしてきたこと。

次の試合でも、太田は覚悟を決めてリングに上がる。自分が、そして相手が無事に帰れることを祈りながら、それでも本気で戦う。

人生という名のリングで、太田忍は今日もオールインする。

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