
「辞めたいとも思わなくて、辞めるって選択肢がなかったので。よしじゃあまた1年頑張ろうと、とにかくうまくなりたい、昨日の自分を超えたいとの気持ちでやっていたらこの年になっちゃいました。」
女子プロゴルフ界で現役シード選手として戦い続ける下川めぐみ選手、42歳。父親の邪魔をしについて行って始めたゴルフ、ジュニア時代の厳しい洗礼、大学での挫折、スパルタトレーナーとの出会い──エリートコースとは程遠い道のりを歩みながら、彼女は一度も「辞める」という選択肢を持たなかった。
目指すは、岡田美智子さんが持つ51歳での女子ツアー最年長優勝記録。ギネスへの挑戦まで、あと8年。予防医療の専門家・坂田武士氏が、その半生と健康への取り組みに迫った。

第1部:ゴルフとの出会い──父に連れてってもらい始まった
──ゴルフを始められたのは何歳からですか?
下川: 私自身は10歳だと思ってたんですけど、両親の話だと6、7、8歳位らしいです。記憶がなくて、グアムかハワイに行ったときに両親がゴルフをやっていて、私はカートに乗っかってただ寝てるだけだったんですが、いきなりむくって起き上って「私も打ちたい」と言っていきなり打ったっていうのが最初らしいのです。ほぼ覚えていないのですが。
──お父さんのお付き合いで練習場に通っていたんですか?
下川:ひたすら親の邪魔をするっていうのが日課でした(笑)
──ご両親はプロにしたいという気持ちがあったんですか?
下川: そんなイメージもなかったと思います。私、打ってないですもん。お父さんが打ってるのをただ邪魔してるような感じで。
──なぜお父さんは連れていったんでしょう(笑)
下川: 託児でしょうね、ただの託児所(笑)。自分もなんとなくゴルフの練習を始めて、みたいな流れだったかと思います。一人っ子だったので、常に一緒に連れていって貰いました。
──スポーツはゴルフだけだったんですか?
下川: ゴルフだけですね。ゴルフだけしかできなくて、運動センスがなくて球技が全滅なんですよ。
──まさか自分がプロスポーツ選手になるなんて、という感じでしたか?
下川:ゴルフだけはできたんです。最初から何の疑いもなくプロになると思っていました。小学校の卒業式で、一人一人壇上に上がって発表するんですよ、うちの小学校。「私は将来プロゴルファーになります」ってそのとき宣言したのを覚えています。

第2部:手探りの中高時代──厳しい洗礼を受けて
──中高はどういうゴルフライフだったんですか?
下川: といっても昔なので、情報もないし試合もないし、ほとんど手探りの状態でした。中学校も普通の地元の中学校に通いながらゴルフやっているのは私だけだったので、友達もいなくて。
最初はテニス部に入ったんですけど、運動音痴なのでいろいろあって、1ヶ月ぐらいしかもたなくて。何か部活に入らなきゃと考えて、なぜかコンピュータ部に。コンピュータ部は、ただ自分の好きなCDを持っていって聞くだけの部だったんですよ。ただ、2、3回しか行ってなくて。
結局、学校終わったらすぐに帰り道の練習場に行くか、一旦家に帰って自転車で練習場に行くか、みたいな毎日でした。
──初めて試合に出たのは?
下川: 中1の春、ほぼ中2になる寸前で初めてジュニア大会に出場しました。地方の大会を知り合いが見つけてきてくれて、それに出たのが最初です。
もう吐きそうでした。初めてだから、ルールもマナーも何もわからずで。人口も少ないですし、やってるジュニアも少なかったので、たまたま100いくつ叩いたんですが、優勝しちゃったんですよ。
──初出場で優勝ですか。
下川:初めて優勝したんですけど、そのとき私は1人で参加していました。他はみんなチームというかグループで来ていて、その中の誰かが優勝するだろうって決まっていたみたいなんですが、何もわからない私がたまたま優勝しちゃったもので、風当たりが強くなって。翌年から厳しい洗礼を受けました。
──それでも続けたんですね。
下川: その時は公式な試合の出方がわからなかったので、年に1度のその試合しか出れずで。翌年に出たときには、周囲から厳しい目に遭って、うーんとは思ったんですけど、その翌年も出て。結局その子たちと同じ高校に行くことになるんですよ。
──それはゴルフの進学校みたいな?
下川: たまたま神奈川県に唯一、県立でゴルフ部があるところがあって、そこに進学することができました。ところが、そこにみんな集まっちゃって、「わあ」みたいな感じで(笑)。同じ部活、同じクラスで3年間。いろいろありました。
──ずっとライバルだったと。
下川: 強かったです、その子。でも一緒に学校生活してしまえば、良かった時期もあったり、悪かった時期もあったり。でも、3年間でゴルフの時間は増えました。

第3部:大学での挫折とプロ転向──「直ちに辞めなくては潰される」
──高校卒業後の進路は?
下川: プロになりたいと思ったんですけど、プロのなり方がわからなくて。どうやってQT受けるの? 誰に頼めばいいの? その頃はホームページとかもなかったので。
※QT(クォリファイングトーナメント)とは、翌年度のツアー(レギュラー・下部)出場資格を賭けた、シード権を持たないプロやアマチュアが参加するサバイバル形式の予選会。
高校3年生のときに、サンケイスポーツ主催の全日本の試合で優勝したんです。そのときに取材で「進学はどうするんですか」って聞かれて、私が「そうですね、日体大とか行ってみようかな」って心にもないことを言ったんです。そしたら次の日に日体大から花が届きまして。
──すごいスピード感ですね(笑)
下川: すごく早くて(笑)。進むしかないですよね。その当時ゴルフでは日体大か日大に行くものと言われてて、ところが私運動音痴なんですよ、なのに体育大学に行っていいものかと。
結局、日体大にゴルフ推薦で行ったんですけど、上下関係がすごいことが分かって。入学式当日に「1年は奴隷で4年は神様だから」って言われ、あー、ドアが開いちゃったと。
結局馴染めず、本当に自分の力がどんどんなくなっていくのがわかりました。
──それはゴルフの調子にも影響しましたか?
下川: 1年の後半に、同じコースで大学の試合と普通のアマチュアの試合が2週続けて行われる時があって。最初に大学の試合で行ったときは91とか叩いて、もう何もうまくいかなくなっちゃって。
どうしようと思ったんですけど、2週目に普通のアマチュアの試合として出たときは、2日間競技で初日首位発進したんですよ。そのときに「やはり、合わないんだな」と思って。これは直ちに辞めなくては潰されると思い、2年の前期が終わった時点で辞めました。
──プロテストへの道のりは?
下川: QTの受け方を知ったと同時に辞めて、その年にファイナルまで進めたのでプロに転向しました。テストに受からないと正式な正会員になれないので、テストを受けるのに、保証人が2人必要なんだということも知り、お願いして、受けて3回目で合格しました。
──かなりエリートコースとは違う道のりですね。
下川: 全然違います。何のエリートさもないです、私。道を外しまくってます(笑)。ずっと過酷な道です。レアケースじゃないですか。
──その支えは何かあったんですか?くじけずに進めた理由というのは。
下川: そこだけ多分、鈍感なんですよ。諦めないものだと思っていました。ずっとやるものだと。選択肢がなかったんです。辞めたいとも思わなくて、よし、じゃあ又1年頑張ろうとか、とにかくうまくなりたい。昨日の自分を超えたいとやっていたらこの年になっちゃいました。

第4部:プロとしての苦闘──飛距離との戦い、スパルタトレーナー
──プロになってからはどうでしたか?
下川:ずっと挫折のオンパレードですよ。飛距離が昔から出なくて、たまに飛距離が出るようになった翌週には元に戻っちゃうみたいな。ありとあらゆる努力はするんですけど、理由が分からないから、安定した飛距離には結びつかなかったですね。
練習量が人より多かったからか、怪我をするようになり、怪我しないためにトレーニングしなきゃとか思い出したのが27、28歳ぐらいです。
──いろんなトレーナーさんにお願いされたんですね。
下川:スパルタなトレーナーさんにも出会ったりして。食事制限込みでやったときもあって、今考えれば「それうまくいかないよな」と思うんですけど、そのときは「すごい人だよ」って紹介してもらって。マラソン専門のトレーナーさんで、とにかく減量。「体脂肪25%以上は人間じゃない」って言われて。「じゃあ私、人間じゃない」みたいな(笑)。「私、人間になります」みたいな感じで。
──どんなトレーニングだったんですか?
下川: とにかく走る。合宿とかで沖縄の末吉公園っていう、てっぺんに遺跡がある山の公園があって、1周走ると15分ぐらいなんですけど、めっちゃ登ってめっちゃ下ってみたいな。そこを両手両足に重りをつけて走らされる。
それを5周、その後5キロ走って。1日20キロぐらい走らせるんです。ゴルファーなのに。
──飛距離が伸びた時期もあったんですか?
下川:あるコーチに教わったときにいきなり飛距離が伸びて、30ヤードぐらい伸びたんです。「体重ぶつけろ」っていう教え方だったんですが。そのときはバランスが取れたのか、飛距離に繋がっていきました。
すると、毎年行ってたコースが全然違うコースに感じられるんです。前の年は9番ウッドで打っていたホールが9番アイアンでいけて、「ええ!!」みたいな感じです。そのおかげで初シードが取れました。
──その後は?
下川:そのタイミングでさっきのスパルタトレーナーさんに師事して、体重がどんどん落ちて、飛距離も落ちていき、シードも落ちちゃいました。体重は10キロ減っちゃって、体脂肪が20%を切ったんです。ガリガリになっちゃって。
20キロは走れるんですけど、ワンラウンド18ホール歩けなかったです。走るのとラウンドする体力って違うんだなって、そこで初めて気づきました。

第5部:結婚とパートナーシップ──「喧嘩しているときほどスコアが良い」
──旦那さんとの出会いについて教えてください。
下川: 旦那さんは、近くのゴルフ場で研修生していたんです。その時、私も練習できるゴルフ場を探していて、そこで出会いました。いろんなところから練習しに来ている研修生の中の1人だったんです。
最初はみんなでご飯でも行こうかみたいなところから、ちょっと2人で行こうかみたいな流れで。
──ゴルフのこともよくわかっている同士というか。
下川: そうです。いいところも大変なところもわかるので。私が最初にプロになってQTも合格したので、そのタイミングで旦那さんは研修生を辞めて私のキャディとして一緒にツアーを回ることになりました。最初は喧嘩ばっかりで。
──仲いいときと悪いときでスコアに影響しますか?
下川: 喧嘩しているときほどスコアが良くて。怒りのパワーってすごいですよね(笑)。段々コントロールするようになってきて、こういうときに「怒らせてください」「もうやめて」みたいな感じで。
ここ1年、メンタルは瞑想を用いたトレーナーさんにお願いして、2人で瞑想しています。そのせいか怒ることが減って来ました。

──ジュニア時代の厳しい経験が原動力になったことは?
下川:あると思います。「今に見てろ」みたいな感覚が常にあったと思います。原動力になっている。
当時厳しくあたってきた子も、その後仲良くなって「あのとき厳しかったよね」とか言うと、「そうだっけ?」みたいな感じで、覚えてないんですよ(笑)。本当にタチ悪いですよね。
──その方もプロになったのですか?
下川: 1人はプロになりました。やはり厳しい世界です。ものになるのは本当に少数です、ゴルフは。プロで稼げている人はもっと少ないですから。

第6部:栄養改善への取り組み──坂田さんとの出会い
──坂田さんとの出会いについて教えてください。
下川: トレーナーさんの紹介で坂田さんを紹介していただきました。普通にトレーニングしているときに、私は疲れが取れない、何やっても疲れが取れない、寝ても寝ても取れないと相談したのがきっかけで、栄養の改善をやってみますかみたいな流れで。
──最初の検査結果はどうでしたか?
下川: 最初に尿検査をしてみたら「体内最悪ですよ」みたいな(笑)
坂田: 大変な状態でしたね。点数より内容の方が問題で、欠乏しているものが多かったですね。
下川: 62点スタートでした。マルチビタミンとか飲み始めて、2回目は74点。3回目がこないだで2点アップしました。まだまだ伸びしろがあります。
──何か変わりましたか?
下川: 気分は変わっているんですけど、回復力がもうちょっと欲しいなっていう感じがあります。ラウンド後に11時間ぐらい睡眠とらないとしっかり回復しなくて。9時間ぐらいだと全然回復しないから、1日が終わっちゃうんです。
坂田: 食事もレコーディングで送ってもらって、糖質のスープとフルーツを重ねてたりして、血糖値スパイクがあるのかなと。
下川: 知らなくて、何でも飲んでいいのかなと思ってました。
──試合中の飲み物も変えたんですか?
下川: 以前は普通のスポドリでした。
坂田: 疲労の根源なんですよね。砂糖がドバーッと入っていて、血糖値が上がって下がる。今はKINTO(キント)ですね、乳酸菌入りのお茶。
下川: あれで花粉症が収まっている感じはありますね。去年は飲まないとやっていけなかったのですけど、花粉症の薬を飲まないまま秋が乗り越えられました。絶対KINTO(キント)です。

第7部:夢と目標──ギネスへの挑戦
──夢や野望について教えてください。
下川: 一番の野望は、ギネスに挑戦したいので、ギネス世界記録(女子ツアー最年長優勝)岡田美智子さん(当時50歳) の優勝記録を塗り替えることが一番の目標です。最年長優勝のギネスを塗り替えて、かつ賞金女王の夢も諦めてないです。
下川: 悲しいですね、多くの選手が40歳前に辞めちゃうので。私がルーキーのときは40代の先輩が沢山いて、20代が入る隙がないぐらい。
──今もやれてる秘訣は?
下川:今年は栄養を意識していますが、それぐらいですかね。食べたいものを食べて、行きたいとこに行って。楽しむことかなと考えています。

──ラウンドに行くのが楽しみみたいな。
下川:行った先で楽しみを見つけていたので。北海道行ったらここに行こうとか、鳥取行ったらこことか、そこの寿司がうまいとか、そこの焼肉がうまいとか。旦那さんと夫婦でいけるのも強みだと考えています。遊園地に行ったり。そう思うと全国行くのが楽しくなる。めちゃくちゃ楽しいです。旅行兼仕事みたいな。最高です。

──ゴルフで勝つために必要なものは?
下川: トレーナーと、コース戦略のコーチと、キャディさんと、栄養と、メンタルですね。その中で土台になるのは栄養とメンタル。もう本当に基礎の基礎。
──プレッシャーのかかるショットを打つときは?
下川: 雑念を外します。とにかく「今ここ、今ここ、今ここ」。今ここに集中するために日々の瞑想があります。この1年は24時間体制で自分の感情に目を向けて、何考えているのか、どういう感情が浮かんでくるのかとか、それを塗り替えるために何をするのかっていうのを、ずっとやっていました。切り替えが早くなりました。
──ギネス達成まであと何年ですか?
下川: もうあと8~9年ぐらいでしょうか。いけそうな気がします。これは結構すごいことですよね。この時代にやりたい。
──これはニュースになりますよ、本当に。
下川: どうしてもやりたいです。最年少記録はもうできないので、最年長記録ですね。絶対やめないから。

あとがき
「辞める選択肢がなかった」──下川めぐみ選手は何度もその言葉を口にした。
父親に連れてって貰って始めたゴルフ。運動音痴で球技は全滅なのに、なぜかゴルフだけはできた。ジュニア時代に厳しい洗礼を受けても、大学で潰されそうになっても、スパルタトレーナーに20キロ走らされても、彼女は一度も辞めようとは思わなかった。
「とにかくうまくなりたい、昨日の自分を超えたい」
その言葉の通り、42歳になった今も彼女は進化を続けている。栄養管理を見直し、瞑想でメンタルを整え、夫婦二人三脚でツアーを回る。喧嘩しているときほどスコアが良いというのは、彼女らしいエピソードだ。
ゴルフで勝つために必要なもの──トレーナー、コース戦略のコーチ、キャディ、栄養、メンタル。その土台は「栄養とメンタル」だと彼女は言い切る。
51歳での最年長優勝ギネス記録まで、あと9年。「絶対やめないから」と笑う彼女の目は、小学校の卒業式で「プロゴルファーになります」と宣言したときと、きっと同じ輝きを持っているのだろう。

下川めぐみ選手
2026年シーズン、下川選手は昨年末のQT(クオリティファイングトーナメント)でランキング14位という好成績を収め、今季のレギュラーツアー前半戦の出場権を手にしています。
先週(1月最終週)はJLPGAツアーの開幕前のため公式戦はありませんでしたが、オフ期間も調整を続けています。昨季11月には下部ツアーの「山口周南レディースカップ」で42歳にして完全優勝を飾り、ベテラン健在を証明しました。
今季、レギュラーツアーでのシード復帰と、悲願の初優勝に期待がかかっています。
